2011年のFIFA女子ワールドカップドイツでなでしこジャパンが初の世界一に輝いてから15年近くが経とうとしている。翌2012年にはロンドン五輪で準優勝し、女子サッカーにおいて日本は強豪国ととして世界で認識されている。現在の日本代表選手には、長谷川唯(マンチェスター・シティウィーメン)や宮澤ひなた(マンチェスター・ユナイテッドウィメン)など、欧州のビッグクラブで活躍している選手も少なくない。そんな中、ヨーロッパの小さな国から欧州主要リーグでの活躍を目指す元なでしこリーガー達がいる。マルタ1部リーグBirKirKara(ビルキルカラ) FCの上田桃、瀬倉春陽の両選手だ。ウィズサカはそんな2人のサッカー史や私生活に関して独占インタビューを実施した。
クラブユースと高校サッカー出身!両選手の対象的な経歴は…
-まずはサッカーを始めた時期やきっかけについて教えてください。
上田: 小学2年生の時に地元のクラブでサッカーを始めました。小さい頃、すごく活発で親が「何かスポーツをさせよう」と吟味した結果、いとこがやっていたサッカーになりました。本当は柔道がやりたかったです。
瀬倉: 私は小学4年生からです。比較的始めたのは遅いかもしれませんが、もともと体が大きくて、男子に混ざっても体格差を感じることなくプレーできていました。
-当時、なでしこジャパン入りやプロになりたいという意識はありましたか?
上田: 「サッカーが上手くなりたい」というよりは「サッカーが大好き」でやっていたので、ずっと(サッカーを)続けていくにはなでしこジャパンという場所なのかなといった感じでした。「とにかくサッカーが好き」という気持ちが強かったです。
瀬倉: プロになりたいとは思っていませんでした。ただ、高校に上がってからトップチームの練習に参加する機会が増え、日本代表レベルの選手が集まる中で「一個もミスできないな」とビビりながらサッカーをしていました。正直、当時はしんどくて、あまり楽しくなかった時期もありました。
-高校・大学への進路を選んだ理由やきっかけは?
上田: 高校は「パスサッカーが好き」という理由で藤枝順心に決めたのですが、女子校だともユニフォームがピンクだとも知らずに行きました(笑)。大学は、中学からずっと家を出ていたので、一度実家に戻って体と心を整えたくて。地元で貢献したいという思いもあり、昔から誘ってくれていた姫路獨協大学を選びました。
瀬倉: 高校からはよりレベルの高いアルビレックス新潟レディースユースを選びました。高校サッカーへの憧れもありましたが、今後のキャリアを考えたらアルビレックス一択でした。ただ、普通の女子高生が放課後に遊んだりしている姿を見て、羨ましさや葛藤を感じる時期もありました。
瀬倉: 高校卒業後はそのままアルビレックス新潟レディースのトップチームに昇格しましたが、試合に出られない日々が続いていました。そんな中、大学4年生の時に試合感を付けるために新潟医療福祉大学へ期限付き移籍をしました。とにかく公式戦に出たいという一心で、迷いのない決断でしたね。
なでしこリーグクラブ入団と2人の出会い、そしてマルタ挑戦へ

-その後、朝日インテック・ラブリッジ名古屋に入団するまでの経緯を教えてください。-
上田: 最初はWEリーグの大宮(現RB大宮アルディージャWOMEN)を目指していましたが、ギリギリのタイミングで不合格になってしまいました。そんな時に姉が名古屋に住んでいたことや名古屋のつなぐサッカーに惹かれ、本当に滑り込みで受けに行かせてもらって入団が決まりました。
瀬倉: 私はなでしこリーグのチームにいくつか練習参加をしました。最終的に名古屋を選んだのは、当時の監督がインカレ(全日本大学サッカー選手権大会)の試合を見に来てくださっていて「うちに来ないか」と熱心に声をかけていただいたのが決め手です。
-お二人が仲良くなったきっかけを教えてください-
(上田)当時、名古屋で春陽さんがキャプテンをやっていて、すごいキャプテンとして、選手として、人としてかっこいい人やなって。もう憧れみたいな感じで思っていたら一回遊ぶ機会があって、そこで遊んでみたらすごい面白いっていうのがあったので、それで仲良くなりました(笑)。
-なでしこリーグ(スペランツァ大阪)でも一緒にプレーしていて、今はマルタのBirkirkaraFCでもチームメイトですがマルタへの挑戦と同クラブ入団に至った経緯は?-
(上田)大阪の時にチームと上手くいかないことがいろいろありまして、結果的に退団を余儀なくされる形になりました。それで「もう日本のサッカーはいいや」ってなってしまい、区切りをつけようと思い、大学の時からずっと夢だった海外に行きたいっということでチームを探しました。大学の時はコロナ禍だったため諦めたんですが、それでもヨーロッパでやりたかったので、探してもらったところマルタやったらいけますということでその時はもうサッカーをプレー出来ていなかったですし、すぐに行きますっていう感じで。それで(瀬倉選手も)一緒に行かないか?みたいになりました。
(瀬倉)大阪ではルームシェアしていたんですよ。名古屋の時から一緒にいたので。そんな中で海外に行きたいって思っていると言われ、自分も行きたいと思っていました。その当時スペランツァはいろいろ問題抱えてて、夏で退団する人が多かったので決断しました。自分は大学卒業したぐらいから海外に行きたいっていう気持ちはあったけど、やっぱなかなか勇気が出なくて決断できずにいてまだ日本でやっていましたね。ただ、彼女(上田選手)が行こうとしていることを知ってすごい行動力だなって思って、それに乗っかった感じです。
日本とマルタの女子サッカーの違いは…?

-なでしこリーグとマルタのサッカーリーグの違いについてはいかがですか?-
(上田)技術面ではレベルはこっち(マルタ)の方が低いのかなと思うけど、フィジカル面や、コミュニケーションの部分、全く日本とは別物っていう感じです。
(瀬倉)サッカーIQとか 足元のテクニックは日本の方が全然上だと思いますが、やっぱりこっちに来てフィジカルとスピードがもう全く日本とは違うなっていうのは肌で感じました。自分はディフェンスなんで、マッチアップする相手からもそこの差は感じました。スピードもやっぱ加速とかより一歩の速さ、足が伸びてくる感覚です。そういうのは日本でなかったので、ディフェンスでキープしていても、ここまで足伸びてくるのかとか、そういう部分をすごい肌で感じて、そこは驚きました。
-ヨーロッパという舞台なので、トレンドである全員守備、全員攻撃という部分は結構意識されてプレーしているのではないでしょうか-
(瀬倉)サイドバックやることになって、みんなゴールへの推進力って言いますか、日本はその過程、どういうふうに攻めるみたいなプロセスを大事にするけど、海外は、このチームはすごいシンプルで、ゴールへ向かうっていうことをまず第一に考えていますね。フィニッシュできた人が評価される感じだから、こちらとしてもやりやすいです。フォワード、ミッドフィルダーをしていても、もうゴール向かってサッカーをしている選手が評価されるんで、自分はやりやすいです。
-ヨーロッパでやるという事で、全く違う環境でプレーすることに対してプレッシャーみたいなのはありましたか-
(上田)楽しみしかなかったですね。言葉の壁は最初感じてはいたけど、結構みんな単語とかで話してくれたり、ジェスチャーで伝わったりしていました。言葉の壁っていうのは全然感じなくていいんかなって。こっちに来て思ったのと、自分が海外の選手に触れることが中学校の時から多かったんで、全く問題無かったです。
(瀬倉)サッカーというか生活が日本とは全然違うので、その部分のギャップは慣れるまでちょっとしんどかったですね。
知られざるマルタ共和国の治安と2人のプライベートの過ごし方は…

-生活に慣れるようになるにはどんな工夫を?-
(上田)最初は部屋や土足のことやったり。お風呂やシャワー面とかですごいギャップを感じた部分は多かったです。やっぱり海外やなって思ったけど、慣れるしかないし。ここではこういう生活なんだって思ってその意識のシフトチェンジをできればいいのかなと。とにかくサッカーのことを一番に考えたいのと、日本のサッカーに戻りたくなくて海外のサッカーがすごく楽しいって感じたので、生活はなんとか自分たちでメンタルコントロールしていた感じですね。
-マルタの治安についてはどうですか-
(瀬倉)めちゃくちゃいいです。自分が練習行く途中に携帯を落としてしまい、どこで落としたか自分でも分からないことがありました。多分路上に落としたのだと思うけど、ヨーロッパだったら絶対返ってこないイメージがあったので焦りまくりました。それで、翌日の朝GPSで探してみたら見つかりました。見に行ったらどうやら誰かが拾ってその家の塀に置いといてくれたらしくて。もうなんやねんみたいな(笑)。 日本みたいな奇跡でした。しかも桃(上田選手)の家族がマルタに旅行に来た時も、姉がタクシーで携帯をなくしてしまったことがあったのですが、それもタクシーの人と連絡取ってちゃんと持ってきてくれましたね。そのぐらいの治安の良さです。

-お2人のプライベートの過ごし方について教えてください-
(瀬倉)地中海で海がすごい綺麗なのでお散歩行って海沿い歩いたり、有名な観光地に行ったりしていますかね。なんというか、ショッピング?服を買ったりとか、こっちだとそういうのがないんで、景色を見に行ったりっていう感じをしてますかね。嫌なことがあった時とかは自分は美味しいものを食べるようにしてます。マルタは日本と違って小麦がとても美味しいので。パスタやピザとか。他には甘いものも好きなのでカフェ行ったりしてます。
(上田)自分はサッカーから離れたらもうサッカーのこと一切考えないみたいな人なので、前日の試合でうまくいかなかったとかも全く引きずらず、のんびり起きて、散歩行って、カフェ行って…みたいな感じです。だいたい同じ感じで過ごしています。
-上田選手は絵を描くアーティストの方もやられているとのことですがきっかけは?-
(上田)始めたきっかけは無いのですが、家族がアーティストとして活動していて、祖父が絵描きで、祖母とお母さんがデザイナーみたいな感じだったので、デザインとかアートが身近にある環境で育ちましたね。それで、本格的に描こうと思ったのは大阪の時かな?そこからは絵を描くのが楽しみで。マルタに来てまた新しい刺激を受けてまた違う絵を描けるのが楽しみな感じですね。
-チームメイトなどから書いた絵の評判はどうか-
(上田)チームメイトからは欲しい欲しいとか結構言ってもらえてますね。あと日本にいる人も。ただ、海外の人に刺さりやすいのかなと思っています。海外に住んでる日本人の友達とかが買ってくれたりって感じですね。
-近年、日本サッカーは男子、女子ともに日本から離れて海外でプレーする選手が増えました。特に最近だと若くて行かれる選手も多い。そこでお二人の観点からで、日本と違う環境で上手くやっていけるコツ、アドバイスがあれば教えてください-
(上田)中学校も高校も全く勉強してないんで、全然英語なんてできないですけど。こっち来たらなんとかせなあかんと思ってやるし、いずれ聞こえるようになれるんで。だから言葉の壁とかは別に感じる必要は無いんかなって。あとは自分がどれだけそこに適応して、いかにそこの生活を楽しめるかどうかだと思いますね。
(瀬倉)自分はなんか間違えてもいいから話すことが大事かなって思っていて、ちょっとニュアンスを間違えていても、向こうの人はそれを上手に理解してくれるし、それでやっぱ会話することで喋れていくのかなと。アウトプット?というか、そこかなって思います。分からないからといってずっと喋らなかったら多分喋れないし。何かしらコミュニケーションを取ってみれば案外いける感じです。やっぱり海外の人はみんな優しいですね。日本人と違って、大馬鹿というか、表面を出す。やっぱそれはなんかあるかなと感じています。
-監督やコーチとのコミュニケーションで苦労したことはありますか?
(上田)ないですね。自分は日本人の監督よりこっちの監督の方が分かり合えるというか。すごい感情表現をしても、それがこっちでは当たり前なので、そこを受け入れてもらえています。日本では感情を出す選手はなんか乱すみたいな感じじゃないですか。けど、マルタでは監督に文句があったら言えばいいし、言ったら監督はちゃんと言葉でわかるようにちゃんと表現してくれるタイプなので。あなたが嫌いとかじゃないけど、もっとハイレベルなことをしてほしいってちゃんと言ってくれます。自分は監督との壁とかは感じたことないですね。
(瀬倉)自分は日本ではうまくやれる人なのですけど、やっぱ海外だと自分の場合ディフェンスで「こうしてほしい」みたいなのを伝えたくても言葉の壁でうまく伝えられない。日本語だったら伝わるのに英語だとジェスチャーしても伝わんないとか。監督はこう思っているけど、自分はこう思っているというのが伝わらず、なかなか意思疎通ができない部分ではもどかしい部分はあります。ただ、それもジェスチャーで伝えるし、監督が言っていることが、こっちではこういうふうに考えているというのを理解しようともするので色々なものを吸収できる部分はあります。ただやっぱりそのコミュニケーションの部分ではもどかしいと思うは多々あります。
-お二人の今後の目標について聞かせてください-
(上田)ヨーロッパのトップチームで自分が納得できる額の年俸を貰ってサッカーをする。そして楽しむ。そういったサッカーを楽しむ環境になれたらなと思います。日本でサッカーをする気はあんまりないので、海外でサッカーに追われるぐらい突っ走りたいです。
(瀬倉)自分が海外に来た理由は、やっぱり日本では経験できないことを経験したいとか、価値観をもっと広げたいみたいなところです。サッカー面というよりかは自分の経験になることや今後の人生において何かしら必要なものを得たいと思ってこっちに来たので、それをもうちょっと広げていきたい。年齢ももう三十になるので、サッカーに区切りをつけた時に何がしたいかとか、日本で何ができるかってなった時にちゃんと胸張って何をしてきましたとか、自分の軸がありますと言えるようになれればいいなと。元々軸がなくて結構流されやすい性格なので、その自分の軸を持って今後生きていけるようなものを作りたいというのが目標ですかね。海外に行って自分の今後の人生の成長の形になれば理想です。



コメント